スマートグリッドとは何か

世界を巻き込む大潮流
スマートグリッドとは何か
近代革命に匹敵するエネルギー文明の革命的変化はもう始まっている

アメリカの電力供給システムの大変革にとって
オバマ政権の誕生はコマのひとつにすぎない

アメリカDOE、再投資法に基づき次々と補助金拠出

8月14日、オバマ政権はアラバマ、米領サモア、コロンビア地区、イリノイ、メリーランド、ノースダコタ、そしてワイオミングの7つの州と地域を対象に合計1億1900万ドルの資金を拠出すると発表した。これは2月に成立した「アメリカの経済回復・再投資法(American recovery and reinvestment act:ARRA、以下再投資法)」に基づくもので、省エネと雇用対策、再生可能エネルギーの推進と低炭素化を優先するとしている。

発表に際し、米エネルギー省(DOE)のスティーブン・チュー長官は「この資金援助は州経済の活性化をもたらすものであり、われわれは省エネや再生可能エネルギーの導入を推進する州や地域の戦略を後押しする。これは税金を有効に使うことにもつながる」と述べた。

米エネルギー省のスティーブン・チュー長官

米エネルギー省のスティーブン・チュー長官



これらの州と地域はARRAに基づく「州エネルギー計画(State of Energy Program: SEP)」の40%を受ける。初期投資10%はすでに利用可能で、残りの50%も、再投資法の要件を満たせば支援されることになる。

American Recovery and Reinvestment Act of 2009(アメリカの経済回復・再投資法)とは、2009年2月の第111回合衆国議会で可決された経済刺激策のことで、多岐にわたる内容を含むことから『Stimulus Package(スティミュラス・パッケージ)景気刺激策』と通称される。その内容の多くは合衆国経済を景気後退から回復させることを意図してバラク・オバマ大統領が提案した内容に基づいている。
総額7870億ドル(約79兆円)もの大盤振る舞いにアメリカ国内だけでなく世界が色めきたった。 このなかには連邦レベルの減税、失業者への手当てなどの拡大、教育、医療、そしてエネルギーを含むインフラ整備が含まれる。この法律には数多くの経済的手段によらない長期的な再生のための手法も含まれる(たとえば、医療の効果の研究など)。この政府の動きは2008年の景気刺激策を大きく上回るものである。
(Wikipediaの英語版解説より抜粋)


7月29日に、DOEのスティーブン・チュー長官が再生可能エネルギープロジェクトに対して最大300億ドル(約3兆円)の債務保証を行う提案書を発表、さらに、7億5000万ドル(約750億円)を次世代送電網「スマートグリッド」技術と送電インフラに向けて拠出することを発表。これ以降、DOEは次々と州や地域別の補助金・助成金メニューを発表しており、8月14日の発表もその一環だ。

日本の一部マスコミのなかにも麻生政権の“バラまき”を批判する論調がみられたが、アメリカに比べればかわいいのではないかと思えてくる。

さて、この「景気刺激策」のなかでも海外からの注目を集めるのはエネルギー関連の予算と政策だ。理由は世界最大のエネルギー消費国での大変革だけに大きなビジネス・チャンスでもあり、かつ地球温暖化問題にとっても大きな効果が期待されているため。もっともアメリカ国内の報道をみる限り、医療制度改革のほうが大きな注目を集めており、オバマ政権の支持率を左右するほどの影響力をもっている。

米第44代バラク・オバマ大統領

米第44代バラク・オバマ大統領



話を元に戻すと、2008年2月のスーパーチューズデイの頃から本誌でもオバマ候補の掲げる政策に注目してきたが、オバマ氏は2007年に大統領選への出馬を表明して以来、環境・エネルギー政策に力を入れることを明言してきた。再生可能エネルギーへの1500億ドルの投資、500万人の“グリーンジョブ”創出などがそれだ。

※関連情報を「オバマ政権のグリーン・ニューディール政策」で紹介しています。


マスメディアの情報をみている限りでは、オバマ大統領の誕生とともににわかにアメリカが再生可能エネルギーの導入に向けて動き出したかに見える。 しかし、京都議定書から一方的に離脱したことをきっかけに環境政策に消極的とみなされていたブッシュ政権のあいだも、アメリカの再生可能エネルギー産業への投資や導入量は増え続けていた。

※環境省「再生可能エネルギーの現状・目標値と我が国の潜在量、導入可能量を踏まえた導入見込量」
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/conf_re-lcs/rcm/ref02.pdf#search='再生可能エネルギーの現状・目標値と我が国の潜在量、'


スマートグリッドは再生可能エネルギーとワンセットで推進されてきた

アメリカで2007年から再生可能エネルギーの導入が活発化してきた背景にはDOEとその関連機関が発表したいくつかのロードマップがある。これらのロードマップには再生可能エネルギーとセットで「スマートグリッド化」の推進が重要テーマに掲げられている。

日本には、安定した送配電線網があり、年間停電時間は十数分ほどで、アメリカの90分、欧州の50~90分と比べれば、日本の電力会社は非常に優秀だ。この優れた電力供給システムを提供するのが電気事業連合会に加盟する東電、関電、中電など優秀な電気事業者たちである。

この実績をもって「日本にはスマートグリッドは不要」という向きもある。その典型的な議論としてあげられるのが、2月19日に行われた「望月経済産業事務次官の次官等会議後記者会見の概要」だ。このとき望月経済産業省事務次官が述べた「スマートグリッドはアメリカの遅れた送電網を修復するためのもので、すでに“賢い”日本の送電網には必要ない」という趣旨の発言は財界著名人のあいだにも広まり、その論調がいまでもメインストリームとなっているようだ。 (http://www.meti.go.jp/speeches/data_ej/ej090219j.html)

お客様1軒あたりの年間事故停電時間の国際比較

お客様1軒あたりの年間事故停電時間の国際比較

※アメリカ、フランスは災害による停電を除く
出典:電気事業連合会



年間停電時間を比較したデータをみると、確かに日本の送電網を支える産業界は世界でも卓越している。日本がGDP当たりのエネルギー消費量が世界でもっとも少ない省エネ大国であることは電気エネルギーを無駄なく使える供給システムあってのことといえそうだ。

2006年「1軒当たりの年間停電時間(日米仏英比較)」
出典:電気事業連合会
http://criepi.denken.or.jp/research/news/pdf/den458.pdf
1986-1992年「1軒当たりの年間停電時間(日米仏英比較)」
出典:電気事業連合会「電気事業の現状 1995-1996」
http://www.gns.ne.jp/eng/cael/database/engraph/graph/blakout.htm


また、アメリカの電力供給システムが、日本と比べて劣っていることを示す事例には事欠かない。カリフォルニアやニューヨークの大停電に象徴されるように、アメリカではとにかく停電が多い。あまりに多いので国民は慣れっこになっており、照明の消えたスーパーでの買い物や信号がつかない道路での運転にもなんとも思わないといわれるほどだ。しかし、医療機関や交通機関など人の命に関わるような場所での停電はジョークでは済まされない。そのうえ、アメリカの古い発電所の周辺環境は汚染が深刻で、なかにはサンフランシスコのハンターズポイントのように乳幼児死亡率が発展途上国並みという地域もある。

月刊『環境ビジネス』2009年7月号「カリフォルニア発循環型革命」では、アメリカの電力供給システムの脆弱さの一端を示すサンフランシスコの発電所「ハンターズポイント」の実態をレポートしました。


アメリカの電力市場は日本の3倍以上といわれているにもかかわらず、電力会社の規模が小さく、最大のエクセロン(Exelon)の売上げでも東京電力の1/3で、小規模な電力・ガス会社が多数存在している。日本の電気事業連合会参加企業は9社であるのに対してアメリカの電力業界団体の参加企業は80社にのぼる(ジェトロ ニューヨークの市川類氏レポート「ニューヨークだより」2009年2月臨時増刊号より)。

一方、日本の電力会社をみてみれば、停電時間の少なさだけでなく、周辺環境への配慮も一流だ。日本の発電所の周辺は、たとえば海岸付近なら発電所の排水が流れ込んでいるようなところでもレジャー・フィッシングができるほど環境配慮が行き届いている。 また、柏崎刈羽の原子力発電所が停止しても、すぐに別のところから電力が供給されたため、東電管内では都市機能にも生産機能にもほとんど支障をきたすことはなかった。唯一自動車部品のピストンリングを製造するリケンの工場の稼動停止が問題になったくらいで、そのほかに大きなトラブルは報道されていない。

このような現状から日本の官僚や経済界の有力者たちがスマートグリッドを「電力供給システムの遅れたアメリカの問題であって日本は関係ない」というのも理解できる。しかし、オバマ政権がスマートグリッドを「景気刺激策=スティミュラス・パッケージ」の中核に位置づける以上、それは過去のことと認識を改めて、電力供給システムの分野において、アメリカで起きている変化に対してもっとよく目を向けるべきだ。さもなければ、数年以内に日本の基幹産業である自動車産業も電機・電子・精密機器産業も競争力を失う可能性がある。

その理由は、DOEがエネルギー政策に本腰で取組んでいるということだ。これはオバマ政権になってから始まったことではなく、2002年、いまから6~7年前ブッシュ政権のころから構想されていたことであり、それを示すのが「Grid2030―A National Vision for Electricity's Second 100 Years(次の百年に向けた国家電力ビジョン)」や「National Electric Delivery Technologies Roadmap(電力供給技術ロードマップ)」「A Vision for Modern Grid(送電網の近代化ビジョン)」といったロードマップである。

これら報告書の詳細については先述のジェトロ ニューヨークに駐在する市川類氏のレポートに詳しい。これらの内容を読むと、スマートグリッドはオバマ政権が誕生していきなり始まった「流行りもの」ではなく、連邦政府の頭脳が描いた大きなエネルギー安全保障ロードマップの中核に位置づけられたものだということがわかる。

こうしたロードマップの背景には、カリフォルニアや北東部の大停電のほかにもエンロン問題、ハリケーンカトリーナなど、エネルギーを巡るアメリカの危機的な状況がある。 米政府はアメリカのエネルギーの問題を野放しにしていたわけではなく、水面下でスケールの大きな構想を描き、ロードマップに沿って着々と準備を進めてきたことだ。 その遠大な構想からみれば、省エネ・再生可能エネルギーを推進するオバマ政権の誕生はひとつのコマ、パズルの1ピースに過ぎない。

そして重要なのは、2010年までに行うべき研究開発・実証がすでに実行されており、今後のスタンダードを決めることになりそうだ、ということである。


2010年までに行うべき研究開発・実証(抜粋)

分野 分野 概要(抜粋)
Grid 2030
アーキテクチャー
基盤 ・アーキテクチャーのデザインの評価、選択
・重要技術の研究開発の加速化
・次世代技術に係る製造インフラの開発 ほか
地域間連系 ・高速ネットワーク評価計画、運用、安定性、信頼性に係るツールと技法の開発
・都市、郊外、農村での標準配電システムモデルの開発
・自己修復アーキテクチャーの概念設計の決定 ほか
地方配電 ・最終利用機器・製品での「ride-through」能力の開発
・既存インフラの改善
・双方向の電流のための新たな保護スキームの開発ほか
重要技術 コンダクター ・先進コンダクターのための新素材の開発 ほか
高温超電導 ・高温超電導ケーブル、コンダクター、変電器等の開発実証等
電力貯蔵 ・コスト削減のための各種電力貯蔵機器の製造プロセスの調査
・先進バッテリー、フライホイール、キャパシタ等を開発実証等

出展:ジェトロ ニューヨークの市川類氏レポート「ニューヨークだより」2009年2月臨時増刊号
http://www.jif.org/column/