持続可能なスマートマテリアルカンパニーへの転身を目指す

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あらゆる生活の基盤となるコンクリートマテリアルのプロ集団である會澤高圧コンクリート。IPCC目標を15年前倒しした2035年までの温室効果ガス排出量実質ゼロを目指し、革新的な取り組みを進める。環境負荷の大きいコンクリートメーカーからスマートマテリアルカンパニーへの転身を急ぐ同社の挑戦を、會澤 祥弘社長に聞く。

高耐久でクリーンな新躯体工法 サウジアラビアでPC建築の普及を

2023年7月16日、會澤高圧コンクリートの會澤 祥弘社長は、岸田首相のサウジアラビア訪問に日本の財界関係者ら40名余と共に同行、ジェッダのアルサラーム宮殿で、サウジのムハンマド皇太子(MBS)に謁見した。

世界有数の石油輸出国であるサウジアラビア。ムハンマド皇太子は、早晩、石油の世紀が終わることを視野に脱石油戦略を打ち出し、産業モデルチェンジを仕掛けている。

會澤高圧コンクリートは2022年7月、サウジを代表する大手不動産開発グループ『アル・サエダン』の『アル・サエダン・フォー・デベロプメント(ASFD)』と合弁会社を設立し、リヤド首都圏において中高級ヴィラ向けのプレストレスコンクリート(PC)構造部材の生産と施工事業への本格参入を決定。今後、大量の住宅供給が見込まれるサウジにおいて、コンクリート製ヴィラの構造体に標準化されたPC部材を使用することで、在来工法に代わる高耐久でクリーンな新躯体工法としてのPC建築の普及・拡大を目指す。

會澤社長は、日本サウジ首脳会談に併せて開催された『日本サウジアラビア・ビジネスラウンドテーブル』(円卓会議)に、事業パートナーであるマシャエル・ビン・サエダンCEOと共に参加し、PC建築のデジタル戦略化などについてプレゼンテーションした。

「現在、2024年2月24日にグランドオープンさせるジョイントベンチャーの工場を建設中です。デジタルとの掛け算で建設セクターの価値をどう高めて行くかという話をサウジでマーケティングしています。パートナーのマシャエルCEOは皇太子を来賓として迎えることを真剣に考え始めていますよ」と會澤社長。

サウジアラビアのムハンマド皇太子(MBS)に謁見した會澤氏
サウジアラビアのムハンマド皇太子(MBS)に謁見した會澤氏

脱炭素は経営論『期限付きネットゼロ』を業界に拡げる

會澤高圧コンクリート株式会社 代表取締役社長 會澤 祥弘氏
會澤高圧コンクリート株式会社
代表取締役社長
會澤 祥弘氏

會澤高圧コンクリートは2022年1月、創業100周年を迎える2035年までに、温室効果ガスのサプライチェーン排出量を実質ゼロにする『NET ZERO 2035』にコミットメントすることを宣言。同時に『期限付きネットゼロ運動の輪』をコンクリート業界に拡げるべく『aNET ZEROイニシアティブ』を提唱。同社の保有する素材系の脱炭素化技術やブロックチェーンを使った温室効果ガス排出管理といった取り組みを、希望する同業他社に対して包括的に技術移転する一方で、新たな脱炭素系技術の共同開発や実装に取り組み、脱炭素化へ向けた集団的な動きを加速する。

コンクリートの原料となるセメントは、その製造工程において鉄の次に大量のCO2を排出する。2019年度の日本全体のCO2排出量は約11億800万トンだが、うち4147万トンものCO2がセメント産業から排出されており、全体の約35%を占める。

「コンクリート・セメント産業は、炭素軸で見た場合に、環境に対して相当な負荷をかけています。業界として、これに対応するべく一歩ずつ前進している状況を、きちんとプログラムして見せていく必要があると開始したのが、『aNET ZEROイニシアティブ』の取り組みです」

同業他社に働きかけるには、まず自社から。會澤高圧コンクリートでは、『Decarbonization First(脱炭素第一)』を経営のモットーに掲げ、2035年というIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が示すScope3ベースのネットゼロより前倒しての達成を自らに課している。

「1年でもいいから前倒しするというのは、経営の意思です。それを宣言することで、2035年に実現するべき世界とのギャップをバックキャストし、開発するべき技術が浮き彫りになる。当然、1社では開発できませんので、業界全体で取り組んでいきたいと思います」

『aNET ZEROイニシアティブ』は誰かが中央集権的にコントロールするものではなく、加盟各社がそれぞれにイニシアティブを発揮し、自律的に拡大していく取り組みに発展していくことを目指している。2022年1月に1社から始まったイニシアティブは、現在50社までに増えている。

「脱炭素は経営論です。財務諸表よりCSRレポートが読まれる時代。サステナビリティ経営やESGの考え方のない事業に金融はお金を貸しません。『我々の業界は炭素を出すんです。脱炭素の軸を経営に組み込まなければ、この先融資も受けられなくなりますよ』と話せば、経営者は大抵腑に落ちます」

同社が脱炭素へ明確に舵を切ったのは、2020年11月、バイオの力でひび割れを自ら修復する自己治癒コンクリート『Basilisk』の実用化に世界で初めて成功したのがきっかけ。超高耐久の壊れないコンクリートを供給することで、構造物を作っては壊し、壊しては作るという20世紀型のモデルに終止符を打ち、将来のCO2発生量を大幅に抑制することが可能となった。

「『Basilisk』の量産体制が完成し、最初にスタートボタンを押す『DAY1』の日に、『Decarbonization First』という言葉を初めて社内で口にしました」

『aNET ZEROイニシアティブ』加盟企業のロゴ それぞれの企業の達成年を直接記載している
『aNET ZEROイニシアティブ』加盟企業のロゴ
それぞれの企業の達成年を直接記載している

イノベーションを生み出す社会実装集団

會澤高圧コンクリートでは、『aNET ZEROイニシアティブ』に賛同するコンクリートメーカーと提携し、『Basilisk』の技術を提供しながら全国的な供給体制を築き、2035年における自己治癒コンクリートの生産量を全体の75%まで引き上げることを目指す。これにより、2035年度には年間約52,400トンのCO2削減を計画する。

また、コンクリートの低炭素化を実現するテクノロジー『CARBON CURE(カーボンキュア)』を、2028年までに同社グループの全工場に設置予定だ。『CARBON CURE』は、液化CO2を生コン製造に取り込み、ナノ鉱物を生成させCO2の主要な排出源であるセメント量を削減しながら、同じコンクリート強度を実現する技術。2035年には、同社で生産するコンクリート全量に同技術を採用し、年間約5,500トンのCO2削減を見込む。

新たな取り組みとしては、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のウルム教授らとの共同開発で、電気を貯めるセメント系素材「蓄電コンクリート」の量産化技術を確立し、自己治癒コンクリートと並ぶ、スマートマテリアルの事業化を進める。極めて安価で伝導性に優れたカーボンブラックをコンクリート製造時の材料として使い、セメントを絶縁体にカーボンを電極にして「キャパシタ」にする技術で、すでに約16㎥のコンクリートで、一般家庭の平均電力消費量13kWhを賄えることを実証済みだという。

『aNET ZEROイニシアティブ』の共同開発の枠組みなども使いながら、実用化に向けたテクノロジーコンソーシアムを近く立ち上げる考えだ。

マサチューセッツ工科大学(MIT)をはじめ数々の大学・研究機関と提携
マサチューセッツ工科大学(MIT)をはじめ数々の大学・研究機関と提携

「コンクリートは、マテリアルベースで水の次に大量に使われています。逆に言えば、中にCO2を封じ込める媒体としてのポテンシャルは非常に高い。セメントから発生したCO2よりも大量のCO2を材料として中に封じ込めることができれば、地球に優しいどころか、使えば使うほど炭素を除去するカーボンネガティブコンクリートにできるのです。脱炭素の問題は我々の産業セクターにとって非常に大きなチャレンジですが、取り組みの仕方によっては新たなスマートマテリアル産業として進化する起爆剤にもなるのです」

テクノロジーは大学のラボで生まれるが、それ1つでは世の中は何も変えられない。そのテクノロジーと既存の生産技術、素材技術を組み合わせることで初めて、プロトタイプができ、大量生産モデルを実現し、世の中の役に立つものになっていく。

「テクノロジーを生み出す大学や研究機関と、社会実装する集団が手を組むことが必要です。『aNET ZEROイニシアティブ』は、新しい要素を組み合わせる社会実装集団です。加盟各社がイニシアティブをとり、新たなテクノロジーを開発したら1社で抱えこむのではなく開放することで、業界全体が前に進んでいくことが理想です」

會澤高圧コンクリートの脱炭素ソリューション
會澤高圧コンクリートの脱炭素ソリューション

素材産業からイノベーションの会社へ

會澤高圧コンクリートは、ブロックチェーン技術を活用し、テクノロジーによって脱炭素化を進めた特殊コンクリート製品に対し、炭素削減量の計算根拠となる証跡データをNFT(非代替性トークン)として発行するシステム『Decarbo-Badge Factory(デカボバッジ・ファクトリー)』を独自に開発。発行したNFTを、製品を購入したゼネコンや発注元のデベロッパーなどに譲渡し、炭素削減の証跡データを建設関連業界で自律的に管理する、コンクリート版の『脱炭素経営プラットフォーム』として運用を開始。2023年6月から『aNET ZEROイニシアティブ』の協定締結メーカーおよそ100社とその取引先を対象に提供している。

aNET ZEROイニシアティブによる脱炭素経営プラットフォームの概念図
aNET ZEROイニシアティブによる脱炭素経営プラットフォームの概念図
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建設業界が脱炭素を進めるには、自社の直接的なCO2排出だけでなく、仕入れ資材の上流工程などを含むScope3で炭素量を管理する必要がある。建設時にコンクリートを大量に仕入れるゼネコンや発注元であるデベロッパーにとって、主要資材であるコンクリートを可能な限り低炭素型に切り替えることは急務となっている。そのため、セメント・コンクリート由来の炭素が建設工事でどれだけ削減されたかを、改ざんや二重計上されない形で記録管理していくことは今後の経営上において極めて重要だ。

「将来、炭素税はかなりの確率で現実のものとなるでしょう。ただ、我々はその時のために、カーボンクレジットの原資となる炭素削減記録を自分たちで抱えて将来儲けようなどとは考えていません。クレジットはお金を出してコンクリートを買っていただいた発注者に帰属すると考えます。信頼性の高い炭素の削減記録は将来価値を生むでしょう。ならばしっかりと記録して、お客様に届けるべき。そうした姿勢が評価され、継続的に発注されるようになり、結果、脱炭素化にドライブがかかればいいのです」

さらに、社員の通勤時間の炭素量や保有する車両の炭素量を正確に把握し、社員や物流委託先の低炭素化に向けた行動変容を支援するアプリ型の追加機能『TRAM』の開発を、MITのスタートアップ『TRAM Global社』と提携して進めている。

研究開発の新たな拠点「福島RDMセンター」
研究開発の新たな拠点
「福島RDMセンター」

「企業自体が能動的かつ自然に脱炭素化をしていくためには、脱炭素に対して主体的に参画する社員をいかに増やすかが重要です。そのため、社員の行動変容を促すアプリ『TRAM』を開発し、システムに組み込みました」。これは移動速度によって徒歩か自転車かあるいは車か、AIが解析し炭素量を測定する仕組みとなっている。

『TRAM』の開発・導入で、脱炭素経営に広く社員や取引先を巻き込み、現状は『みなし』処理をしている通勤時の炭素発生量を正確に把握するとともに、ゲーム感覚で行動変容を促すための実証も進めていく。

會澤高圧コンクリートは、グループの研究機関である『アイザワ技術研究所』(札幌市)での研究開発(R&D)にとどまらず、MITやTu Delft(デルフト工科大学)など欧米のトップ理工系大学等とのコラボレーションを通じ、伝統的な素材産業からスマートマテリアルを基盤とするイノベーション・マーケティング集団へと、事業モデルの戦略的転換を図っている。2023年4月には、福島県浪江町に研究・開発・生産の3機能を兼ね備えた次世代中核センター『福島RDMセンター』も開設した。

「メーカーの構造としては、研究開発(R&D)とデザイン、コンセプトメイク、イノベーションを中心にした会社になっていきます。多様な人材を集め、規格大量生産をしていた20世紀モデルから、規格外のことを仕掛けていける集団へと変化していきたいと思います」

 

會澤高圧コンクリート株式会社會澤高圧コンクリート株式会社
TEL:011-723-6600
〒065-0043
札幌市東区苗穂町12-1-1
HP:http://www.aizawa-group.co.jp

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