グリーン・イノベーションとプラネタリー・バウンダリーの重要性 各界のリーダーが議論

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経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、10月9日と10日の2日間にわたり、第11回Innovation for Cool Earth Forum(ICEF)年次総会を開催。世界各国から産学官のリーダーが集まり、地球温暖化対策のカギとなるグリーン・イノベーションについて、熱い議論を繰り広げた。総会はハイブリッドで行われ、93の国・地域から約1,700人が参加した。

2030年へ向けたGXの加速が重要

地球温暖化問題解決のカギとなるイノベーションの促進に向け、各分野をリードする世界中の有識者・指導者が議論するための知のプラットフォームとして2014年に設立したICEF。第11回となる年次総会を、「東京GXウィーク」(10月6日~15日)の一環として開催した。

今年の年次総会のメインテーマは“How to Live within the Planetary Boundaries through Green Innovation:プラネタリー・バウンダリーをグリーン・イノベーションでより良く生きる”。プラネタリー・バウンダリーとは地球システムの安定的な状態を維持するために人間活動が守るべき境界線のこと。これが示す危機への認識を高めると同時に、エネルギー・トランジション、気候安定化技術、水素の利活用、原子力エネルギーなどについて、技術分野ごとの議論を深めた。

開会式では、経済産業副大臣の岩田和親氏が挨拶。「2050年のカーボンニュートラル実現へ向け、2030年に向けたGXの加速が必要」と強調し、「気候変動、感染症の蔓延、国際紛争など、世界情勢が激しく変化する中、イノベーションの創出が重要なカギとなります」と述べた。

岩田和親経済産業副大臣による開会挨拶
岩田和親経済産業副大臣による開会挨拶

時間は限られているが手遅れではない

今回の年次総会では、2つのプレナリーセッション、5つのテクノロジーセッション、3つのスペシャルセッションが開催された。2日間を通して最も参加者が多かったのが、プレナリーセッション1「プラネタリー・バウンダリーとエネルギー・トランジション」。

ストックホルム・レジリエンス・センターのヨハン・ロックストローム氏(現ポツダム気候影響研究所所長)らにより開発された概念であるプラネタリー・バウンダリー。“地球の限界”とも呼ばれるこの概念では9つの限界が示されており、2023年時点で、このうち6つが境界を越えていると認識されている。同セッションでは、ロックストローム氏をはじめ、石井菜穂子氏(東京大学グローバル・コモンズ担当総長特使)、川本徹氏(産業総合研究所 首席研究員)、マヤ・グロフ氏(クライメイトガバナンスコミッション議長)をスピーカーに、地球の限界に関する最新の情報を踏まえた上で、持続可能な未来の構築へ向け、技術、経済、国際ガバナンスなど多方面から議論を交わした。

プラネタリー・バウンダリーにおいて2023年時点で限界、もしくは安全域を越えているシステムは〈気候変動〉〈生物圏の一体性〉〈生物地球科学的循環〉〈淡水利用〉〈土地利用の変化〉〈新規化学物質〉の6つ。

これについてロックストローム氏は「今あるエビデンスを全て集めると、遅すぎるというわけではない。ただし、時間は限られている」と指摘する。例えば、〈気候変動〉で言えば、GHG排出量は2030年までに50%引き下げなければ2050年のネットゼロは不可能だ。

「まだ窓は開いているが、急速に閉じようとしています。ですから、前のめりになる必要があります。しかし、ギブアップしなければならないという科学的なエビデンスはありません」(ロックストローム氏)

ストックホルム・レジリエンス・センターのヨハン・ロックストーム氏
ポツダム気候影響研究所所長のヨハン・ロックストローム氏

崩壊か突破か 厳しい選択を前に変革の推進が必要

これに対し、経済学者である石井氏は「この科学からの所見を受け、経済のシステムを変えていく必要があります。メッセージはとても明確で時間はない。この変革を急進的に加速しなければなりません」と話す。さらに、変革を進めなければならない4つのシステムと4つのアクションレバーを示した上で「プラネタリー・バウンダリーのサイエンスをどう運用していくかに関しては、“停滞”という選択肢はない」と強く指摘。「我々はリーダーの同盟を作っていく必要があると思います。政治家、企業、市民のリーダーたちが同盟を作って、変革を導いていくことが重要です」(石井氏)

科学者として窒素循環の技術開発に取り組む川本氏は、プラネタリー・バウンダリーにおいても深刻な問題となっている窒素に関し、日本の動きと最新の研究を紹介した。

「世界の廃棄窒素の量は毎年右肩上がりで増えており、それを環境に放出しないことで減らしていくことが必要です。日本では2024年9月に、政府が窒素管理に関する行動計画を策定し、この問題に真剣かつ積極的に取り組んでいます」とコメント。続いて、廃ガス中のNOxや窒素化合物、水中の窒素化合物を対象に、無害かつリソースとして活用できるアンモニアに変換する、自身の研究開発プロジェクトを紹介。

「窒素の問題に関し、日本はテクノロジーで貢献できる。窒素サイクルを実現する新たな技術の開発が、プラネタリー・バウンダリーの問題に有効だと思います」(川本氏)

クライメイトガバナンスコミッションの議長を務めるグロフ氏は、「今、地球は緊急事態にあります。パリ協定は、国際社会が全会一致で合意したという意味では素晴らしいものですが、その共通の目標に向け、より早く進んでいかなければならない。多国間の交渉プロセスには時間がかかりますが、コミッションとしては、国際的な構造や次世代の制度も使いながら、どう協定を強化できるか考えていく必要があると思っています」とコメント。

さらに、国際的なガバナンスのパラダイムとして、地球の機能、プラネタリー・バウンダリーについて“グローバル・コモンズ(共通の遺産)”と位置づけ、これを共に管理するためのガバナンスや政策のイノベーションの重要性を説いた。

「人類はブレイクダウン(崩壊)かブレイクスルー(突破)かの厳しい選択を迫られています。技術はある、ソリューションもある、しかしそれを実践できていない。そのカギを握るのが、ポリシーでありガバナンスであると考えています」(グロフ氏)

プレナリーセッション1の様子。左からマヤ・グロフ氏、石井菜穂子氏、川本徹氏、ヨハン・ロックストーム氏
プレナリーセッション1の様子。左からマヤ・グロフ氏、石井菜穂子氏、川本徹氏、ヨハン・ロックストローム氏

危機感を増大させる一方でイノベーションと協力を強く求める

閉会式では、2日間にわたる一連の議論を踏まえ、ICEF運営委員会によるステートメントの発表が行われた。また、AIと気候変動に関するロードマップ「AIと気候変動緩和(第2版)」のドラフトも公開。このロードマップは今後、パブリックコメントを反映し、2024年11月にアゼルバイジャン共和国で開催されるCOP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)の場で最終版が発表される予定となっている。

ICEF運営委員長の田中伸男氏は、総括の中で、メインテーマとなったプラネタリー・バウンダリーに関し「危機感を増大させる一方で、強くイノベーションと協力を求める議論が展開された」と話した。

また、将来のICEF会合においては、AIと気候面でのレジリエンスをいかに高めるか、産業のバリューチェーン変革とエネルギーシステム、食料と農業システム、グローバルガバナンスなど、焦点を当てていくべき議論は多くあると指摘。最後に、多様性と包摂性はICEFの変わらぬ信念であるとし、「イノベーションは人から生まれるもの。特に若い人から生まれるものです。今後も次世代から前向きな変革を生み出すべく投資を続けていかなければなりません」と強調。

ICEF2024において若きイノベーターたちが発した「私たちは未来を形作る上でイノベーションが果たす重要な役割を認識している。そして、人類史上最高、かつ最悪のこの時代に、この素晴らしい地球を次の世代に引き継ぐために貢献できることを嬉しく思う」という言葉を取り上げ、「我々はイノベーションによってこそポジティブになることができるのです」と締めくくった。

ICEF運営委員長・元国際エネルギー機関(IEA)事務局長の田中伸男氏
ICEF運営委員長・元国際エネルギー機関(IEA)事務局長の田中伸男氏

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