自然の力を活用し経済・防災に貢献 産学官連携で進めるグリーンインフラ

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自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の発足、生物多様性条約締約国会議(CBD COP15)での『昆明・モントリオール生物多様性枠組』採択で、自然や生物多様性に関する関心が高まっている。そうした世界の動きを背景に注目される〈グリーンインフラ〉。その定義や国内での取り組みについて、京都産業大学准教授の西田貴明氏に聞く。

環境は防災にも経済にも貢献できる

2022年にカナダ・モントリオールで開催されたCBD COP15では、国際目標として2030年までの“ネイチャーポジティブ”達成が掲げられた。これを受け、日本政府も2023年3月に『生物多様性国家戦略(2023~30)』を策定。5つの基本戦略の1つに“自然を活用した社会課題の解決”を掲げ、〈グリーンインフラ〉の社会実装を推進することを明記している。

グリーンインフラとは、“自然が持つ多様な機能を賢く利用することで、持続可能な社会と経済の発展に寄与するインフラや土地利用”と定義される。

(出典:国土交通省「グリーンインフラ実践ガイド」)
(出典:国土交通省「グリーンインフラ実践ガイド」)

日本では、愛知県名古屋市で第10回生物多様性条約(COP10)が開催された2010年に、生物多様性をめぐる社会的気運が盛り上がった。しかし、翌年の東日本大震災の復興の過程で、当初、環境と防災が対立的に捉えられてしまう状況があったという。グリーンインフラの言葉は、国土交通省が2015年に国土形成計画などへ文言を盛り込んだのが始まりだ。

「環境配慮や自然保護から一歩踏み込んで、環境と経済や防災をつなげていくような政策概念を作る必要がありました。グリーンインフラは、環境を守るためのインフラではありません。環境には、防災にも経済にも貢献できる価値がある。環境保全と防災・減災、地域活性化を統合した新たな政策概念として誕生したのが、グリーンインフラです」

海外におけるグリーンインフラは、米国では、特にポートランドを中心に、レインガーデンを整備する豪雨対策型が多い。一方、洪水リスクの少ない欧州では、生物多様性保全と地域振興をつなげるようなプロジェクトが多くなっている。

「日本のグリーンインフラは、そのどちらにも取り組んでおり、特に生態系の機能をよく知ることで、土地利用を進めるプロジェクトが多いのが特徴的です。〈里山〉など、“使いながら守る”といった伝統的な文脈も含め、日本のグリーンインフラは、独自の進化を遂げてきたと言えます」

どれか一つではなく、緑の多面的な機能を発揮

グリーンインフラの代表的な事例としては、大雨による内水氾濫対策としての京都の『雨庭』が1つ。『雨庭』は、地上に降った雨水を下水道に直接放流することなく、一時的に貯留し、ゆっくりと地中に浸透させる構造を持った植栽空間。

雨庭のイメージ(出典:京都市情報館ホームページ)
雨庭のイメージ(出典:京都市情報館ホームページ)

「雨水を早く川に流すのではなく、貯められる場所を緑の空間とセットで作ることで災害リスクを減らす。こうした、これまでとは発想を転換した取り組みを進める地域が、いま、急激に増えています」

2019年10月に、東日本各地に甚大な被害をもたらした台風19号の際、横浜市内をうねるように通る一級河川の鶴見川は、早くから警戒水位に達していたにもかかわらず、流域に大小4900カ所ある遊水施設が大量の水を効果的に貯めたことで、浸水被害にいたらなかった。これは、“貯める”という発想が効果を発揮した一例だ。

鶴見川
鶴見川

「グリーンインフラでもう1つ大事なのが、緑の持つ多面的な機能を発揮していくことです」

緑を街の空間に馴染ませることで、賑わいを生み出したり、休憩スペースに活用したり、生物の生息場所にしていく。三重県いなべ市では、新庁舎建設の際に庁舎横に自然を残し、『にぎわいの森』として商業施設や散策路を整備。商業施設と緑を一体化させることで、訪問者数の増加や市全体の観光客数を大きく向上した。

「街中に緑の空間を増やすことで、結果的に環境都市としての価値が高まり、地域が活性化して持続可能な都市、地域の形成に貢献すると考えられます」

三重県いなべ市
三重県いなべ市

横断型の連携体制、人材が求められる

地域や自治体におけるグリーンインフラの推進において、大きなハードルとなるのが、部署間やセクターをまたいでの連携体制が必要となることだ。土木といった技術的面においても、各分野に環境の専門家はいても、公園と道路を一体的に捉えて自然を生かす技術は、あまり確立されていない。

さらに、自然の機能を前提としたインフラ設計は、不確実性が高い。木は枯れれば機能しないし、緑の空間をつくっても、鳥をはじめとした生物が本当に来る確証はない。期待した効果を得られるかどうか分からない公共事業は、政策上推進しにくい。

これらの課題解決へ向け、国は『グリーンインフラ官民連携プラットフォーム』を2020年3月に設立。多様な主体の積極的な参画と官民連携により、社会資本整備や土地利用などのハード・ソフト両面において、自然環境が有する多面的な機能を活用したグリーンインフラの推進を目指す。

一方、グリーンインフラを後押しする技術、制度、仕組み、生態的な話も含めた研究プロジェクトも多数立ち上がっている。

西田氏も参加する生態系を活用した防災減災(Eco-DRR)プロジェクトの研究チームは、日本各地の土地利用を“災害からの安全度”と“自然の恵み豊かさ”から評価。自然の恵みと災いからとらえる土地利用総合評価として、データを『J-ADRES』(Webサイト)で公表している。

「これにより、自治体ごとに、どんな災害リスクが高いのかを客観的なデータで示し、日本全体で、グリーンインフラ(Eco-DRR)を政策に入れた場合の効果も示すことができます」

グリーンインフラの推進には、公共・民間を問わず、事業としての市場をいかに作っていくかが重要となる。

「雨庭や緑地を作るというだけでは、市場としては広がりがありません。もう少し、民間市場となるような活用モデルを研究していく必要があります。一方で、グリーンインフラを含め、公共の領域を担えるような人材の育成も大事だと思います」

自治体や企業においては、幅広い意味での自然の価値を見直し、土地利用におけるグリーンインフラの位置づけを理解し、接点を模索していくことが重要だ。

「グリーンインフラは、どの地域でも取り組みが可能です。まちづくり全般、インフラ全般に関わっていくことですので、企業としても接点は必ずあります。そうした接点から社会実装が進んでいくのではないかと思います。現在、グリーンインフラに関わるプロジェクトは数多く立ち上がっています。個別のプロジェクトの成果を統合し、グリーン文脈からの社会課題解決へ向け、提供していきたいと思います」

京都産業大学 生命科学部 西田 貴明氏
京都産業大学 生命科学部 西田 貴明氏
NTTファシリティーズ

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