スーパーゼネコンが造った史上最も小さくて安い橋「アニマルパスウェイ」

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アニマルパスウェイ 写真提供;大成建設

写真提供;大成建設

毎年、ダムや道路建設など数百億円規模の大型プロジェクトが受賞する土木学会賞。一昨年、それらと肩を並べて、総工費約200万円の廉価な橋「アニマルパスウェイ」が受賞し注目を集めた。橋を利用するのは人でもクルマでもない。体長わずか8cmのニホンヤマネやニホンリスやヒメネズミといった樹上動物たちだ。

作ったのは日本代表するスーパーゼネコンの「大成」と「清水」。COP10で実施予定のエクスカージョンを先取りして、その成果をレポートする。

人工物で野生動物を守れるのか

ヤマネミュージアムの館長、湊秋作氏
キープやまねミュージアム館長で、関西学院大学教授の湊秋作氏。頭上にはアニマルパスウェイ。設置後しばらくの間は人工的に餌付をして樹上動物にパスウェイの存在を告知する。定常的な利用が確認できるまで続ける必要がある。閉所恐怖症で開けたところを好むニホンリスに対して、開所恐怖症のヤマネ。逆さ走りをするヤマネに、移動用ロープを天井付近に渡した

「森の木の上で暮らす小動物を守りませんか」山梨県にあるヤマネミュージアムの館長、湊秋作氏は、経団連自然保護協議会の会議の場で呼びかけた。

森林のなかに道路を通すことで、人間の暮らしは便利になるが、もともとそこに暮らしていた生き物たちは、工事中、重機に巻き込まれたり、開通した道路でひかれたりして死んでしまうことも少なくない。人間の営みで生活の場を失った生物種は数多く、それが今日の加速度的な生物種の喪失を招いている。果たして会場に居並ぶ企業人たちはことの重大さを理解してくれるのか―。

左:大成建設環境本部企画管理部 地球環境室参与 大竹 公一 氏 右:清水建設安全環境本部 地球環境部長 岩本 和明 氏
左:大成建設環境本部企画管理部
地球環境室参与
大竹 公一 氏
右:清水建設安全環境本部 地球環境部長
岩本 和明 氏

即座に2つの手が挙がった。一方は大成建設環境本部企画管理部地球環境室の大竹公一参与、もう一方は清水建設安全環境本部地球環境部の岩本和明部長の手だった。こうして2003年に出会った3人は、研究会を発足させた。その目的は、さまざまな樹上動物の通り道を造ること。人工物で野生動物を守ることができるのか。「アニマルパスウェイ研究会」の取組みが始まった。

さて、発端は1996年の冬、清里の森で始まった県道の建設工事に遡る。

「そこはヤマネが冬眠していた場所。彼らが冬眠から覚めるには50分くらいかかるため、ブルドーザーが近付いても気づかずに命を落としたのでは・・・」。30年以上に渡ってヤマネの研究を続けてきた湊氏は心を痛めていた。

道路が完成すると、森は完全に分断されてしまった。樹木の枝の重なりを利用して移動するヤマネは、森が分断されると餌をとったり繁殖したりする機会が少なくなるため、遺伝子の多様性が失われていく。現在、ヤマネが准絶滅危惧種になっているのも、そうした開発が繰り返されてきたためだ。

見かねた湊氏は、森林破壊の写真を県や文化庁等に送り、「国の天然記念物ヤマネの生息地が破壊されている」現状を訴えた。すぐに陳謝に来た山梨県に、湊氏は「孤立した森をつなぎ、ヤマネのための歩道橋『ヤマネブリッジ』を造ろう」と提案した。最初はなかなか理解が得られなかったが、交渉を重ねた結果、ついに世界初のヤマネブリッジの設置にこぎつけた。

こうして完成したのは、地上9m、長さ15mの鉄の網のトンネルのようなブリッジ。人がはって通過できるほどの大きさで、総工費は2,000万円だった。

念願のブリッジが完成したものの、湊氏は不安を抱えていた。「もしヤマネが通らなかったら、貴重な税金2,000万円がすべてムダになってしまう・・・」。設置から約1ヵ月後、湊氏がブリッジに上って巣箱を開けてみると、コケで作られたヤマネの繁殖用の巣ができていた。「ヤッター!と飛び上がるほどのうれしさだった」。ヤマネがブリッジを渡り、森がつながったことを実感した瞬間である。その後、リスが通り、ヒメネズミやシジュウカラは巣箱で子育てしていることも判明。「動物や植物の多様な生態系を守りながら共生すること」が実現したのだ。1998年のことである。

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