スーパーゼネコンが造った史上最も小さくて安い橋「アニマルパスウェイ」(2ページ目)

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もっとたくさんのブリッジを

しかし、「2,000万円は高すぎる。廉価で小さな建設会社にも作れて簡単な構造にすれば、世界中の森に設置できる」そう考えた湊氏は、ブリッジを建設する設計知識や技術を探しはじめた。2003年にようやくそのチャンスが訪れた。それが3人の出会いの場面である。

「200万円くらいで建設できれば、自治体の事業や寄付などで設置できる。普及させるための技術やノウハウが必要なので、ぜひ建設業界に加わってほしい」。大成建設の大竹氏は、そんな湊氏の熱弁を聞きながら、「高度な技術は必要ないので、お互いの知見を集めれば低コスト化は可能」と確信していた。

一方、清水建設の岩本氏は、湊氏の訴えが身にしみてわかっていた。というのも、同社は過去に、山梨県大月市の宅地造成地にリスの橋を建設した実績があり、成果が上がっているのにもかかわらず、その後まったく広がりを見せなかったからだ。

「1本ブリッジをかければ、一挙に生態系が豊かになるわけではない。あちこちに広めることが今後の課題」と岩本氏は考えていたのだ。

しばらくして、「アニマルパスウェイ(AP)研究会」に、「ニホンヤマネ保護研究グループ」や、そのグループに所属するIT会社「エンウィット」も加わって協働事業を実践していくことになった。最初に行ったのは、構造物の仕様についての検討。道路や線路の上に架けるため、安全かつメンテナンスフリーでなければならない。そこでまず、構造、材料、設計、設置法などについて模型を用いた検討を重ねた。

実験、観察、効果・検証

保護団体側は木の枝を渡せば動物が喜んで通るだろうと提案したが、腐って道路に落ち事故が起きる可能性を建設業側が指摘。逆に、「どこでも材料調達できるワイヤーやアルミが適している」と提案した。しかし人工物のワイヤーをヤマネが通るのだろうか?

ワイヤーの太さを変えて1つずつ検証を行った。担当したキープやまねミュージアムの饗場葉留果レンジャーは、「ヤマネは夜行性なので、一晩中観察を続けなくてはならず、まさに眠気との戦いでした」と当時を振り返る。

また、寒冷地の清里では、積雪やつらら対策が必要だ。熱伝導性のいいアルミニウムの屋根を設置して、ヤマネが通るまで実験を繰り返した。模型による検討の結果、形は三角形のフレーム・メッシュの床・ワイヤーからなる吊り橋形状に決定。ここまでに約1年かかった。

今度は完成したAPが野外でも通用するかどうか、次に実物大の模型を作ってキープ協会の敷地内の私道で実験開始した。清水建設は、将来公道にAPを架けることを想定し、普通の吊橋と同じような構造計算を行った。大成建設はAPを通る動物を記録するためのビデオ装置を設置。建設場所は電気が通っていないため、現地スタッフが、重いバッテリーを持って毎日交換に通った。1週間に1回、映像を撮りためたハードディスクを交換する必要もあった。

冬はバッテリーが早く消耗するので、頻繁に交換しなければならないが、積雪で車が通れないこともあり、ソリを使って運んだこともあるという。

効果の検証から次のステップへ

モニタリング画像
モニタリング:一番大変なのが膨大な量の映像解析。大成建設とエンウィットが分担して行っている。設置場所は標高が高いので落雷による送信機の故障が多発した(写真提供:大成建設)

APを普及させるには、モニタリングして効果を検証しなければならない。樹上動物のリスは昼行性、ヤマネは夜行性のため24時間モニターしなければならない。設備機器は全天候型で、どんな気候でも稼働することが求められる。最大の課題はコストだった。検討を重ねた結果、安価でマイナス20℃まで耐えられる防犯カメラを設置。昼間はカラー画像、夜間は赤外線ビデオカメラで撮影した。

ところが、初期トラブルなどにより結果の出ないもどかしい日々が続いた。こうして1年が経とうとするある日、大竹氏が様子を見ようと現地に向かった。すると好運にも目の前でAPを渡るリスを視認、すぐさま湊氏や岩本氏に電話で報告した。その後、ヤマネや野鳥もモニターに映っているのが確認された。

「今度は公道にAPを」そう意を強くした湊氏は、キープやまねミュージアムがある北杜市の白倉政司市長を訪ねた。以前、湊氏の提案でヤマネは北杜市の動物として指定されていた。

「アニマルパスウェイは、自然と人とが共生する事業です」という湊氏の言葉に、市長は「造りましょう」と即決した。

次は設置場所の選定が課題となった。湊氏は早速調査を開始、道の両側の森で、リスの食痕があると道路沿いの木にピンクのリボンを、ヤマネが木の皮をはいだ跡にはブルーのリボンをつけた。すると、みるみるうちにピンクとブルーのリボンがたなびいた。それは、道の両側にヤマネたちが暮らしており、道路によって分断されていることを示すマークだった。湊氏は、リボンが一番多い場所を建設地に選んだ。そこは、リスやヤマネのロードキル(動物の交通事故)が発生していた場所でもあった。

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