ネイチャーポジティブの国際目標、企業に迫られる課題 花王が描く戦略とは

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日用品・化学品の大手メーカーとして、生物多様性保全に10年以上前から取り組んできた花王。持続可能なパーム油の調達をはじめとする同社の先進的な取り組みについて、レスポンスアビリティ代表で、企業と生物多様性イニシアティブ事務局長でもある足立 直樹氏と花王・ESG活動推進部の高橋 正勝氏が対談する。

良きものづくりの精神で

高橋氏:花王は1887年の創業で、約130年の歴史を持つ企業になります。当社の製品群は日用品である洗剤や化粧品、特に洗浄剤が約8割を占めています。

環境への取り組みについては、長い歴史があります。1960〜70年代にかけ、洗浄剤が分解されずに河川に流れ出したり、リンに起因する富栄養化が社会問題となったことをきっかけに、微生物に生分解されやすい界面活性剤や生分解性柔軟基剤の開発、洗剤の無リン化、洗剤の小型化などを行ってきました。よきモノづくりの考え方で、洗浄力や衛生面を維持しつつ、環境にとってもいいものをつくっていこうと試行錯誤してきました。

包装材となるプラスチック削減についても1991年頃から取り組んでおり、つめかえ製品としてパウチを普及させたのも、我々が最初です。ボトルのコンパクト化やつめかえ製品の開発などにより、1995年から2021年までで、プラスチックを78%削減(環境対応を行わなかった場合との比較)となっています。

プラスチック削減においては、リデュースとともに水平リサイクルにも挑んでいます。直近では、使用済みつめかえパックの水平リサイクル技術を具現化し、「アタックZEROつめかえ用」として2023年5月29日に発売しました。

全社的な動きとしては、2009年に「花王環境宣言」を発表し、2011年には「生物多様性保全の基本方針」を示し、取り組みを進めてきました。

花王の主な製品とそれに含まれる主な天然原料
花王の主な製品とそれに含まれる主な天然原料(出所:花王)

当社の製品を生物多様性の視点で見ると、パーム(核)油や紙・パルプへの依存度が高くなっています。パーム油は界面活性剤へと変換され、シャンプーやボディーソープなど多くの洗浄剤に配合されます。パルプは、花王の主要製品の1つであるサニタリー製品(おむつ・生理用品など)における主要な原材料のひとつで、これらの持続可能な調達の実現が不可欠です。また、プラスチックを含めた包装材の廃棄や流出も、環境に大きな負荷をかけます。

足立氏:花王は、日本企業の中でもいち早く生物多様性の保全に正面から取り組んだ企業だと思います。その理由として、パーム油やパルプなど、原材料が生物多様性に大きく関係していることがあるのではないでしょうか。「生物多様性保全の基本方針」を策定したのが2011年ですのですでに10年以上、この間ずっと積極的に取り組んできたわけですね。

最上流のパーム農園の課題を解決

高橋氏:生物多様性の保全に関する取り組みについては、悪い影響を与える部分。たとえば、CO2排出やごみについてはゼロを目指さなければならない。更に難しいのは依存の部分。パーム油やパルプは当社にとってなくてはならない原料ですので、いかに環境への影響を抑え、折り合いをつけながらやっていくかが重要となります。

足立氏:化石由来の原料は最終的に何らかの形で炭素を増やすことにつながります。そこで、花王では原料に植物由来、生物由来のものを増やしていく方向へ舵を切った。英断ですが、そうなると生態系に非常に依存するため、反作用として生態系への影響も大きくなっていきます。

高橋氏:花王では、2025年までに使用するパーム油を100%「RSPO認証油(持続可能なパーム油)」へ切り替えることを目指しています。生物多様性の保全という視点では、原料の大元となるパーム農園まで遡り、森林破壊が起きていないか、人権問題も含めて課題解決へ向け取り組んでいます。

より本質的な課題に取り組むという意味で、一番川上の小規模パーム農園をきちんと見ていくことが重要だと考えています。当社では2020年10月から、油脂製品製造・販売のアピカルグループ、農園会社のアジアンアグリと協力し、インドネシアの小規模パーム農園の生産性向上、持続的なパーム油に対する認証取得の支援をするプログラム「SMILE」を開始しています。

花王が95年以降行ってきたプラスチック削減活動の成果
花王が95年以降行ってきたプラスチック削減活動の成果(出所:花王)

具体的には、小規模パーム農園へ技術指導をすることで、限られた面積でより多くのパーム油が採れるよう、効率を上げていきます。花王のアジュバント(農薬展着剤)技術を提供し、農園の生産性向上と農薬使用量の低減による収益改善、環境負荷の低減を目指しています。同時に「RSPO認証」の取得も支援し、認証が取れたものについて、花王が買い取る形にしています。

足立氏:パーム油については、生物多様性への負荷が最も高いのは、パーム油をつくる生産現場となります。日本の消費財メーカーで、パーム農園まで実際に行って課題解決へ向け直接アプローチしている企業は、ほとんどないと思います。

生産現場であるパーム農園の生産性を上げることは、生物多様性の観点からも非常に重要です。今後、需要が伸びていくなかで、畑を増やせば森林破壊を招く。ですから、同じ面積、同じ畑の中で生産効率を良くしていくことは、非常に重要な解決方法のひとつとなります。

高橋氏:生産現場の課題を解決していく一方で、万が一森林破壊が起こっていた場合に、我々がそれに関わっていないことを証明できるよう、パーム油調達に関するトレーサビリティを徹底しています。

足立氏:この分野でトレーサビリティを最上流まできちんとやっていくことは今後、重要な課題となっていきます。パーム油の調達については、1次サプライヤーのパーム核油精製工場、2次サプライヤーのパーム核搾油工場、3次サプライヤーのパーム搾油工場、そして最上流の原産地(農園)まで遡る必要があります。

関係する工場の数は1000に上り、家族経営まで含めた農場をあわせれば数万となります。それをすべてカバーしトレーサビリティを実現しようと動いている企業は、日本では花王だけだと思います。

足立直樹氏 高橋正勝氏
(左)レスポンスアビリティ 代表取締役
(右)花王 ESG部門 ESG活動推進部長

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