巳年にちなんで、人とヘビとの共生について語ってみました(後編)
今年の干支は巳、ヘビです。私も生まれは巳年で、実は今年めでたく還暦を迎えました。年始早々からプライベートな閑話休題は置いておくとして、個人的にも子どもの頃からヘビという動物には一方ならぬ愛着というか興味がありました。そんなヘビと人間の関係性が、人間が起こす環境改変によって変化してきています。(前編はこちら)
ヘビと人間の共生関係の崩壊
多くの人から怖がられながらも、その神秘性から神の化身としても祀られもするヘビ。やはり人間にとって魅力的で、メジャーな動物だと言えるでしょう。しかし、そんなヘビと人間との関係性に、人間による環境改変が様々な問題をもたらし始めています。
アメリカのフロリダでは、1970年代にペットとして大量に輸入されたアジア原産の巨大ヘビ「ビルマニシキヘビ」が、野生化して繁殖を続け、膨大な個体数となってフロリダの様々な野生動物を捕食し、生態系に深刻なダメージを与えています。
フロリダ州魚類野生生物保護委員会が駆除活動を続けており、これまでに数万匹レベルの個体を捕獲していますが、いまだに毎年1000匹以上の個体が捕まっており、個体群の抑制には至っていないとされます。
ペットショップで販売される時は、手のひらに乗るほどの小さな子ヘビで、見た目も可愛いのですが、成長すると最大6mにもなります。飼いきれなくなった飼い主たちが、次々にフロリダの自然界に逃してしまったことが問題の発端とされます。

台湾原産の外来種。沖縄島に定着して分布を広げつつある。
森林環境に適応できるため、沖縄の自然林エリアに侵入して生態系に影響を及ぼす恐れが高い。
外来生物法の特定外来生物に指定されている
日本の沖縄においても外来ヘビの問題が発生しています。台湾産の「タイワンスジオ」という外来ヘビが沖縄島内で定着して分布を広げ続けており、やんばる地域の自然森に侵入することが危惧されています。1970年代に薬用・展示用に持ち込まれ、それらが逃げ出して野生化したものと考えられています。森林の地上から樹上まであらゆる生息域に適応できるため、ヤンバルクイナやノグチゲラ、ホントウアカヒゲ、ケナガネズミ、オキナワトゲネズミなど島の貴重な固有種を捕食して被害をもたらすことが懸念されています。
一方、巨大ヘビの原産地でも、ヘビと人間社会との間で軋轢が生じ始めています。インドネシアでは近年、アミメニシキヘビに家畜や人が襲われる事件が増えていることが報告されています。アミメニシキヘビは全長9mにもなる巨大なヘビで、その強靭な体で獲物を締め付け、窒息させてから丸呑みにします。
ヘビによる人の被害が発生するようになった要因として、森林伐採や農地拡大など、人間社会がヘビたちの生息域に深く侵食するようになったことが指摘されています。日本におけるシカやクマの人間の生活圏への侵食と同様に、東南アジア地域においても人と野生動物の間のゾーニングが壊れ始めていることが示唆されます。
人間の活動によって、ヘビの悪名が高くなるような事態が増えていくことにヘビ好きの人間としては心が痛みます。一方で、人間活動によって、絶滅の危機に立たされているヘビたちもたくさんいます。
2022年に科学誌『Nature』に掲載された論文によれば、爬虫類の5分の1以上が絶滅の危機に瀕していることが示されています。その中には特定の地域にしか生息していないヘビの固有種もたくさん含まれています。
スリランカの街角で、コブラ使いのショーを見たことがありますが、ヘビと人間の共同作業に感動したことを思い出します。人とヘビがこれからもお互いに平和に共生できる環境と社会が続いてほしいと、巳年の年始にあたって思うのでした。

笛の音と人の手の動きに合わせて、上手にコブラが踊って見せていた

生物・生態系環境研究センター
生態リスク評価・対策研究室
室長
1990 年、京都大学大学院修士課程修了。同年宇部興産株式会社入社。1996 年、博士号取得。 同年12 月から国立環境研究所に転じ、現在は生態リスク評価・対策研究室室長。専門は保全生態学、農薬科学、ダニ学。著書に『クワガタムシが語る生物多様性』(集英社)、『終わりなき侵略者との闘い~増え続ける外来生物』(小学館)など。国や自治体の政策にかかる多数の委員会委員および大学の非常勤講師を勤めるとともに、テレビや新聞などマスコミを通じて環境科学の普及に力を入れている。NHKクローズアップ現代で解説を務める一方で、フジテレビ「全力!脱力タイムズ」にレギュラー出演するなどバラエティ番組を活用して、環境科学に対する無関心層の引き込みを図っている。