脱炭素経営実践に向けた手法「Fit to Standard」とは(後編)

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企業が脱炭素経営を実践するためには、IT分野のERP(統合基幹業務システム)導入などで取り入れられている「Fit to Standardアプローチ」が有効だと考えられる。後編では、脱炭素経営に向けたベースアクションとして整理できる5カテゴリーの要求項目を整理するとともに、企業が脱炭素経営に向けた最初の一歩目をどう踏み出せばよいのか、提案したい。(前編はこちら

脱炭素経営に向けた5つのカテゴリの要求項目

脱炭素経営に向けたベースアクションとしての要求項目は「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」「開示」の5つのカテゴリーで整理するのが良いと考えている。

脱炭素経営を巡る動向は、他の環境アジェンダやスコープ3などの動きも含め、現在進行形でさまざまな検討が進んでいる。今年整備した脱炭素経営のベース要求項目が未来永劫使えるわけではない。だが、最初に要求項目として整理できていれば、項目起点で社会の脱炭素動向をモニタリングし、必要に応じて項目のアップデートもできるようになる。最初に要求項目として整理しておくことは非常に有効であると考えている。

図1 脱炭素経営要求項目の例
図1 脱炭素経営要求項目の例

その後、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」「開示」の5つのカテゴリーで整理した要求項目の各項目に対し、現行の体制や評価などの仕組み、事業戦略、業務などの対応可否を判断する。対応可能な項目については業務や体制などを見直し、現時点での対応が難しい項目に対しては、今後の活動方針や計画等を定義していくのである。

判断を行う際には、まずはサステナビリティ関連のメンバーを中心に、分かる範囲で既に対応できている項目と現時点では対応できていない項目に分類していく。その後、現時点で対応出来ていない項目に対し、必要に応じて経営層や事業部なども議論メンバーとして拡充した上で、短期的に見直すことができる項目(業務改善レベルで対応ができる項目)なのか、中期的には見直していけそうな項目(外部有識者とのサステナビリティダイアログの設定など)なのか、現時点ではどうしても対応することが難しい項目なのかに層別していくのである。

短期的に取り組める領域においては、現行業務の見直しに向けた具体的な活動を定義し、定義した活動に従い業務などを見直していく。中期的な取組が必要なものに対しては、会社の方針や事業戦略も踏まえ、どういう方針やステップ・時間軸で変革活動を実施していくのかの方針や計画を策定していく。そうすれば、バックキャスト観点で、脱炭素経営に向けた方針や計画などを企業の脱炭素変革ストーリー(5W1Hが定義されたストーリー)として説明できるようになると考えている。

短期的に取り組めるものに関しては、可能な限り対応を実施した上で投資家などと対話していく方が望ましいだろう。だが、開示や対話を行う時期がすでに決まっている場合には、短期的に対応できる取組が終わるまで開示や対話を先延ばしにするよりは、脱炭素経営に向けた今後の方針や計画(短期的な活動計画含む)を説明していく方が投資家などとの建設的な対話につながるため、社会からの期待には符号していると考えている。

「対応が難しい」と判断した項目があった場合においても、その判断理由(事業規模などの観点が多いと認識)を投資家等に自分たちの言葉で説明すれば、投資家も全ての企業に先進企業と同じ対応を求めている訳ではないため、建設的な対話になるはずである。

Fit to Standardは脱炭素経営の実践と民主化につながる

図2 Fit to Standardアプローチを取り入れた業務見直しのイメージ
図2 Fit to Standardアプローチを取り入れた業務見直しのイメージ

脱炭素経営の民主化を進めていくためには、脱炭素領域のリーダー企業だけではなく、さまざまなポジションの企業が脱炭素経営を実践できるようになることが大前提になる。

そのため、社会の期待と合致したゴールを定め、そのゴールに向け、できる範囲から脱炭素活動に着手し、徐々にその活動範囲を拡大していくことが非常に重要になってくる。

そこで、社会の期待に合致したゴールを定めるために、TCFD要求を起点に脱炭素経営に求められるベースアクションとしての要求項目を整理する。その後、その要求項目の中から対応可能な項目を特定し、当該項目の要求内容に合わせ業務や体制などを見直すことが最初のアクションとして重要になると考えている。

最初から100点を目指す必要はない。最初のステップにおいてはある程度の割り切りを持って、対応が難しい項目は一旦対応しないという意思決定を行ってもよい(説明は必要であるが)と考えている。脱炭素社会の実現に向けて重要なことは、中長期的な取組として脱炭素経営を実践し、高度化を継続的に図っていくことであるからだ。

脱炭素経営に向けて求められる要求項目を整理し、各項目の1つひとつに対し、経営層だけではなく研究開発部門や事業部門、IR部門などさまざまな部門と一緒に、経営や事業および業務目線で「短期的にできる/中期的にはできそう/できない」を判断する。

「短期的にできる」と判断した項目に対しては、社会が求める要求に合わせて現行業務や事業をアジャストする。「中期的にはできそう」な項目に対しては、社会が求める要求を満たしていくための今後の対応方針や対応ステップ・計画を検討し、将来に向けた変革姿勢を外部ステークホルダーに価値創造ストーリーとして説明する。この一連の取組を継続的に実施していくことで、経験年数の増加と共に、「できない」項目が「中期的にはできそう」な項目に移行し、「中期的にできそう」な項目が「短期的にできる」項目に移行できるようになっていくはずである。

もし脱炭素経営に向けた最初の一歩目をどうすればよいか迷っているのであれば、社会の要求項目を整理し、可能な範囲で現行の業務などを要求内容に適合させるFit to Standardアプローチを採用してみることを提案する。できる範囲から始めできる範囲を徐々に拡大していくことが、脱炭素経営の実践と、ひいては脱炭素経営の民主化につながっていくはずである。

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