潔い、といえばそれまでだが、なんとも思い切った経営判断である。本田技研工業(以下、ホンダ)は6月30日、「次世代燃料電池モジュール新工場(栃木県真岡氏)の計画変更」を公表した。それによれば、当初2027年の稼働を目指したが撤回した。それに伴い、国の「GXサプライチェーン構築支援事業」の適用を辞退した。
同事業の必要要件が、年間2万基および2027年度稼働開始であるためとした。当初、生産能力は年間3万基、また国からの補助金交付申請額は147.8億円(最大)。なお、予定変更に伴う、新たなる稼働開始時期については明らかにしていない。

ホンダ、水素事業の計画を見直し 補助金も辞退
軌道修正の理由については、「世界的な水素市場の環境変化」と抽象的な表現にとどめた。要するに、燃料電池を含む水素事業は当面、ホンダとしての採算に合うビジネスにならないと考えたということだ。
本当に今、燃料電池や水素関連の市場は大きく変わっているのだろうか?
現実を直視するプレーヤーたち、水素は「死の谷」を越えられるか
直近で、水素の輸送やインフラ関連事業者に話を聞くと「ここ1年で、皆、現実を直視するようになった」という声がある。水素関連事業においては、「つくる・はこぶ・つかう」という表現で、供給側と需要側のそれぞれにとってWIN-WINになる構図を模索してきた。
乗用車事業では、大手自動車メーカー各社が燃料電池車の量産を真剣に考えはじめた2000年代前半からこれまで、何度も「死の谷」を越えてこなかった。死の谷とは、商品やサービスが誕生しても本格普及に至らないことを指す。
それが2010年代後半から、状況が変わった。COP21のパリ協定をキッカケに、環境・ソーシャル・ガバナンスを重視するESG投資の嵐がグローバルで吹き荒れ、水素関連の投資が一気に拡大した。さらに、ロシアのウクライナ侵攻に伴い、欧州では自前エネルギーとして水素への関心が一気に高まり、グローバル市場から露骨に買い漁るようになった。
こうした市場変化を鑑みて、日本の自動車産業界ではトヨタ自動車(以下、トヨタ)とホンダが燃料電池のB2B事業拡大を打ち出したのだ。
ところが、ホンダとして水素を「つかう」ビジネスを考案しようとする中で、水素を「つくる」と「はこぶ」がコストと持続性・発展性を十分に見積もれる状況にないと考えたのではないだろうか。
例えば、オーストラリアの褐炭から水素を生成し、そこで発生したCO2をCCSで処理するといった「大きな絵」や、国内でのCCS事業化など、先行き不透明と言わざるを得ない状況を理解し、ホンダのような事業者が「水素の現実解」を認識したのだと思う。
いずれにしても、今回のホンダの判断が、「燃料電池関連事業はまだ、死の谷を越えていない」という印象を世界に向けて発信してしまったことは間違いない。
