なぜ生物多様性に取り組まなければならないのか(2ページ目)
土地に固有したものを活かすビジネスを
植物の受粉に大きな役割を担うミツバチの減少による農業被害が世界的に大きな問題となっている。生物が減少するのには、5つの大きな原因がある。(1)生き物の生息地が開発される、(2)乱獲、(3)気候変動、(4)汚染、(5)外来種の持ち込みによる在来種の絶滅だ。
「5つの原因すべてが人間活動によるものです。つまり生物が減っていく原因として、人間活動・企業活動が大きく、『大企業は特に気を付けるように』というのが大きな流れ。2022年12月のCOP15では、企業に対する期待もより高まるでしょう」
生物多様性の話は、規模が大きく影響力も大きい大企業が中心と思われたが、地域の中小企業にとっても“関係ない”わけではない。
日本は戦後、ものづくり大国として大量生産・販売で外貨を稼いで豊かになってきた。しかし、中国をはじめアジアの国々の台頭で、日本製品に近いものが安く売られるようになり、このビジネスモデルでは厳しくなってきている。
「真似のできない、コピーできないものでビジネスをしていこうと思うと、土地に固有のものを活かしていく必要があります」
海外の観光客が京都に来るのは、そこにしかない風景、歴史、文化があるからだ。
日本の鎮守の森には杉の大木があり、それらが神秘的な空間を創り出している。日本は古来からこうした自然を尊重する風景を作ってきた。もう1つは食べ物。山の恵み、川魚、海の幸…。四季に合わせ、その場所にある植物、生き物を食べる。それが郷土料理の魅力だろう。
ところが今、それらが崩れている。京都の例で言うと、日本海から鯖街道を通って運ばれてくるサバを使った鯖寿司が有名だが、その鯖が日本海で獲れなくなってきている。最近では、アカマツ林の崩壊でマツタケが絶滅危惧種となっているなど、すでに影響が出始めている。
地域の生物多様性に根差した文化が重要
「日本の里山は、郷愁を誘う原風景として大切だと思われてきましたが、その原風景が今後、ビジネスになっていきます。旅行の目的として『日本らしい風景を見たい』という海外の方は多くいます」
日本酒の海外輸出額はコロナ前で200数十億円。ワインの輸出額1.2兆円(2018年のレート)に比べてあまりにも少ない。さらに価格は、一番高級なワインと比べ100分の1となっている。
「フランスではボルドー、ブルゴーニュと名乗るための条件が100年前から法律で決まっています。一定の基準をクリアしなければ名乗ることができず、昔ながらの製法を求められるため数が増やせない。だから価値が維持できるのです。旅行や食べ物は、どんな時代になっても人間が求める根源的なもの。オリジナルが重要という意味でも、ビジネスとしては魅力的です」
旅行業はコロナの前、すでに世界のGDPの10分の1を超える成長産業となっている。これは、自動車産業より大きい。中でも中心的なのは食。
「コロナの影響が少なくれば、また旅行者が増えると思いますが、その中で、地域の自然に根差した、生物多様性に支えられた文化が重要となっていきます」
用語解説
ネイチャーポジティブ:日々、何百種類と失われている生物の種の消失に歯止めをかけて、回復軌道に乗せていくこと。
COP15:生物多様性条約に関する最高意思決定機関である締約国会議(COP:Conferenceof the Parties)の略。おおむね2年に1回開催される。先日エジプトで開催されたCOP27は気候変動枠組条約に関する締約国会議のこと。
TNFD: 2021年6月にTCFDにならって発足した、自然資本や生物多様性の視点から事業機会とリスクの情報開示を金融機関や企業に求めるイニシアチブのこと。
EUタクソノミー:欧州グリーンディール政策の中心にある気候変動対策と経済成長を促すEU独自の取り決め。EUタクソノミーを実現するために制定された「EUタクソノミー規則」はEU加盟国全てに適応され、なんと国内法より重んじられるという。
ISSB:国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board)の略称。企業における非財務情報の重要性が世界的に増していることを受け、非財務情報開示を行う際の統一的な国際基準を策定する機関。
スケールではなく質を磨くことが重要
地域の自然、生物多様性に根差した観光や食が、地方にとって大きなビジネスチャンスになるが、「そのためには、質を徹底的に磨く必要がある」と足立氏。
これまでは地方では売れないから、質を高めるための投資ができなかった。アカマツの林も手入れできなかった。しかし、インバウンド需要が見込めれば、投資も可能になってくる。山へ行けば、その渓流で獲れたイワナやヤマメが、遠くから冷凍で運ばれてきたマグロよりはるかに価値が高くなるだろう。
「そうしたヤマメ、イワナを獲るためには川を綺麗に保たなければいけない。地元のマツタケを食べようと思えばアカマツの林を手入れする必要がある。そこをプロデュースし、マネタイズしていくことが生物多様性を生かしたひとつのビジネスモデルなのです」
しかも、スケールアップの必要はない。伝統的な小さな建物で1日1組、2組でしっかりしたおもてなしの方が大きなホテルより価値が高い。
「地方の方にとって、これほど素晴らしいビジネスモデルはないでしょう」
地域の自然、生物多様性に根差したビジネスモデルの開発が、今後の地域活性化にも大きく貢献していきそうだ。(2022年11月収録分より)
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