コラム連載の第17回目は、徳川家康がどうして終(つい)の棲家(すみか)として駿府を選んだのかについて地形をもとにその謎を解いていく。
静岡にこだわった戦国大名
静岡市は駿河の国の府中、つまり駿府(すんぷ)と呼ばれていた。
1600年、関ケ原の戦いで勝利した徳川家康は、1603年に征夷大将軍に任じられた。その2年後の1605年に家康は将軍職を秀忠に譲り、1607年に江戸から駿府へ隠居した、と云われている。
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