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家康の隠居地・駿府の謎 陸の防御都市、海の攻撃都市(後編)

コラム連載の第17回目は、徳川家康がどうして終(つい)の棲家(すみか)として駿府を選んだのかについて地形をもとにその謎を解いていく(前編はこちら)。

安部川が造った防衛都市

一見して駿府は、南側で無防備に海に開いている。実は、この海が駿府を守っていた。

駿府はアルプスから流れ下る安部川の沖積平野である。安倍川は地質構造線の破砕帯にあり、有名な大谷崩れも抱えている。2,000m級の山々から土砂は無尽蔵に供給され、駿府の平野を形成した。

駿府の平野だけではない。安部川の土砂は海に広大な遠浅海岸を形成した。

遠浅の海岸は、鉄壁の防御海岸である。海から船団が陸を攻撃する際、

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