デジタル・人工知能分野を研究 一橋大学教授・市川類氏に聞く

web3に対する過度な期待を見極め、成功するには(後編)

  • 印刷
  • 共有
画像はイメージです
画像はイメージです

デジタル・人工知能などの先端技術分野のイノベーション政策研究を進めている一橋大学教授・市川類氏に、web3に対する社会の関心について話を聞いた。第2回は、日本がweb3を主導し、損をしないための政策について。(後編/前後編)
(前編はこちら

web3に対する「過度な期待」を見極める

――テクノロジー的な流行りもので損をしないためにはどう行動すればいいでしょうか。

革新的な技術というのは、その有望性の観点から注目すべきものですが、技術だけではビジネスは成功しません。特にデジタル系の技術の場合、その技術を活用しつつ、いかに世の中のニーズを見つけ出し、そのニーズへの対応を提供できるようなビジネスモデルを構築するかが最も重要になります。流行りの技術というのは新しいビジネスのコアにはなるかもしれませんが、技術だけではビジネスの成功はないということを理解する必要があります。

従って、「web3・ブロックチェーン技術を使っている、だから投資」となると、失敗すると思います。新しい技術があると、それによって様々なことが可能になるのは確かですが、その技術を利用して成功するビジネスを作れる人・組織こそが一番重要になります。

AIもブロックチェーン技術もそうだと思いますけど、基本技術自体はおおよそ公開されているので、有能な技術者さえいれば誰でも対応できます。問題は、いかにその技術を使って、ビジネスとして成り立ち、世の中のニーズに応えられるようなものを見つけ、ビジネスモデルを構築するかということです。

それからもう一つ重要なのは、タイムフレームの問題です。ハイプが生じると、「web3が流行っている、じゃあ投資だ」となりがちですが、イノベーションとは、基本的に数ヶ月単位では起こりません。大きなビジネスになるには5年10年は必要になるものです。したがって、それくらいのタイムスパンを見据えた上で投資を考えることが必要だと思います。

また、1年でわずかな企業がそれなりに成功するかもしれませんが、企業がビジネスとして伸びるのには時間を要しますし、10億ぐらいまではいいですが、10億から100億、100億から1000億に規模を拡大していくには、社会に受け入れられるようなビジネスモデルを随時見直し、再構築していくことが必要となります。そのようなビジネスモデルの転換を、技術の進展と併せて、いかに評価するかという視点とそのタイムフレームが重要だと思います。

イノベーション論の観点から見る、web3の政策的な課題

――日本がweb3を主導していくためにはどんな政策を実行すべきでしょうか。

イノベーションというのは、創造的破壊なので、創造する面もありつつ破壊する面もあります。社会に受容されていくには、やはりバランスが必要になります。社会に普及させるにあたって、社会が持っている共通的な価値観、例えば消費者をちゃんと保護してあげましょうとか、悪いことをする奴は使えないようにしましょうなどといったリスクや課題がやはり出てきます。

その際、社会的なリスクの大きさとの観点からみると、まだ普及の少ない段階、すなわち革新者だけが使っている段階は、比較的消費者保護は気にしなくてもいいかもしれません。一方、このような段階においては、そもそも既存の規制があってビジネスができないということがあることから、まずは一定の条件で規制緩和を進めていくことが必要になると思います。一方、その後ビジネスが拡大し、一般の人たちもそのビジネスを利用するようになると、「そうじゃなかったはずだ」「騙された」「破綻した」というケースが増えてくることになります。そうすると、やはり全体としては、そのような状況を見越したうえで、新たなルール・規律を作っていくことが課題になると思います。

従って、今後の技術やビジネスの発展方向を見据えつつ、将来的な規制・ルールの方向性を検討する一方で、初期の段階においては、例えば税、会計制度、金融など現在課題とされている規制・規則は、積極的に例外を認めるなどの見直しを進めることが良いのではないかと思います。

ーー見習うべき国は。

国の政策として、例えばシンガポールみたいな人口の少ない国が、web3に対して戦略的に規制緩和などに取り組んでいることは、非常に興味深いと思います。このような国では、主に国内ではなく海外の消費者・企業を相手にビジネスをするため、国内の消費者保護や国内のほかの制度とのバランスを気にする必要がありません。したがって機動的かつ積極的な規制緩和・改革を行うことができるという状況なのだと思います。

一方、米国、日本、欧州などの人口の多い国や地域においては、国内の消費者保護や既存関係者とのバランスなどが大きな課題となり、web3に係る制度の見直しは容易ではありません。

ただし、日本は他国と比較しても、現在、積極的に制度の見直しを進めていると言えます。例えば、米国はバイデン政権が22年3月に大統領令を出しましたが、中身を見ると、デジタル資産が主な対象となっており、せいぜいNFTが入るがどうか。web3全体を対象にしているものではありません。英国は、web3全体を対象に制度改革の検討を開始しましたが、一方、米国はFTX破綻で規制強化の方向になりそうですし、欧州も規制強化の方向に進んでいます。

日本では、21年はじめに自民党がNFTの検討会を立ち上げて、その検討結果が、web3全体に係る取り組みの方向として、春ごろに発表された各種政府戦略に反映されました。また、それを踏まえ、経産省、総務省、消費者庁、金融庁などが個別の検討会を開催するとともに、デジタル庁においても10月から政府全体の戦略の策定を開始しています。今後、どのような制度改革の方向が示されるのかは不明ですが、直近の規制緩和課題については、例外的でも良いのでできるだけ大胆に取り組みつつも、将来的な規制課題については、現時点で厳しい制度で縛るというよりは今後の技術・ビジネスの進展に対して臨機応変に対応できるような自主的な取り組みを組み合わせた制度体制を作っていくと良いと思います。

この記事にリアクションして1ポイント!(※300ポイントで有料記事が1本読めます)

関連記事