Web3.0研究会座長 國領二郎氏に聞く 地方創生につながるweb3と「持ち寄り経済」

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慶應義塾大学 総合政策学部 政策・メディア研究科委員/教授 國領二郎氏
慶應義塾大学 総合政策学部 政策・メディア研究科委員/教授 國領二郎氏

2022年6月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」において「ブロックチェーン技術を基盤とする NFTの利用等の Web3.0 の推進に向けた環境整備」が盛り込まれ、デジタル庁によって「Web3.0研究会」が組織された。座長は『サイバー文明論―持ち寄り経済圏のガバナンス』の著者で、慶應義塾大学教授でIDと社会構造の変化について研究する國領二郎氏。國領氏に、web3をはじめとするデジタル時代の社会・経済の在り方について話を聞いた。

web3を成長戦略に

デジタル庁は、世界的なweb3への関心と、日本でもブロックチェーン(分散型台帳)やNFT(非代替性トークン)、DAO(分散型自立組織)などのweb3技術の重要性が認識されるようになったことを受け、「Web3.0研究会」を設置。web3を国家の成長戦略の一環として取り上げるべきだという声が政府内でも高まり、金融庁だけでなく国としてweb3に取り組むことが狙いであった。研究会は、2022年の10月から12月にかけて12回開催された。

日本でのweb3の基本的考え方(出所:Web3.0研究会)
日本でのweb3の基本的考え方(出所:Web3.0研究会)

研究会には、座長の國領氏のもと、副座長は東京大学先端科学技術研究センターの稲見 昌彦氏が務めたほか、デジタルガレージの伊藤 穰一氏なども構成員として参加した。

分散システムについて研究を続けてきた國領氏が座長に指名された理由については、「私はweb3やブロックチェーンの専門家とは思われていなかったと思います。むしろ、暗号通貨については慎重派でした。適度に中立だったので選ばれたのだと思います。著書をいろいろな方に読んでいただいたのも要因かもしれません」と國領氏。中立な立場で議論を行っていこうとする政府の姿勢がうかがえる。

國領氏は、2022年5月に著書『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』を出版し、web3をはじめ、デジタル技術が発達した社会の進むべき姿について提示している。

『サイバー文明論―持ち寄り経済圏のガバナンス』/日本経済新聞出版
『サイバー文明論―持ち寄り経済圏のガバナンス』/日本経済新聞出版

日本ではDAOに期待が集まる 研究会でも実践

同研究会は2022年12月、これまでの議論について報告書を発表した。web3時代の新しいデジタル技術を様々な社会課題の解決を図るツールとするとともに、日本の経済成長につなげていくことを基本的な考え方とし、web3の推進に向けた環境整備に必要な点をまとめている。「(暗号資産などの)デジタル資産」、「DAO」、「分散型アイデンティティ(DID)」、「メタバースとの接合」、「利用者保護と法執行」の項目に分けられている。

(出所:國領二郎氏)
(出所:國領二郎氏)

諸外国で出されている報告書と比較すると、DAO、DIDにそれぞれ1チャプターを当てていることが、「日本的」だと國領氏。

「他国の報告書ではNFTを含むデジタル資産に関する記述が7割以上を占めていますが、日本の場合は地域創生の文脈でのDAOの活用といった動きが大きいので、そういった民間の動きを反映した形です。日本でも金融業界の暗号資産の存在は大きいことは事実ですが、web3の他の面にも期待感がかかっていることも事実です」。

なお2023年3月に広告代理店の電通が「web3に関する生活者意識調査」において、web3を認知している人は、新しい組織の形として、DAOへの期待値を高く持っているとする結果を公表している。

報告書を作成するにあたり、同研究会はDAOの運営も行った。DAOは、中央集権的な組織のように管理者や指導者は存在せず、ブロックチェーン技術やスマートコントラクトによって自律的に運営が行われる組織の形だ。参加者はトークン(暗号資産)を所持することで投票権を有し、全員で意思決定を行う。

國領氏によると「DAOとして完璧に運営できていたとは言い難い」が、政策を作るためには自分たちで実践してみる必要があるという想いから、DAOに関する経験を積みながら報告書を作成したという。また、同研究会が報告書を一度出して終わりではないという認識もあり、今後も様々な知見を持つ人たちを巻き込みながら議論する場としてもDAO化しておくとスムーズであろうという狙いもあった。

NFTのキャピタルゲインに対する期待は「蜃気楼」 証として活用を

地方創生の策として、NFTの活用が注目されている。山古志村、加賀市などをはじめとする地方自治体がデジタル市民証としてNFTを活用する動きや、地域での貢献をNFT化したり、ふるさと納税の返礼品としてNFTを提供する動き、それらを活用しDAOを運営する動きなどがある。

ただ、NFTやDAOで地域の活性化を図る際、関係住民の創出が容易になる傍ら、「危ない部分もある」と國領氏。「NFTのキャピタルゲイン(価格が上昇した際に売却した際に差額で得られる利益)に対する期待が大きくなりすぎると、それは蜃気楼である可能性が高いでしょう。わかった上で楽しむのは自由ですが、わかっている人がわかっていない人に売買を持ちかけて、詐欺のような事件になることはあってはならないと思います」。

国内では楽天グループ、LINEグループなどの大手企業でもNFTマーケットプレイスを展開している。これまでNFTに触れてこなかった消費者にもNFTが広まるというプラスの面もあるが、そういった部分では注意喚起していく必要があると、國領氏は警告する。

「社会活動の結果、感謝や貢献の証としてNFTが活用されていくのはいいことでしょう。また、それが金銭と交換されることを否定はしません。地域の中でさまざまなものが交換される媒体となることで、地域の活性化にもつながるでしょう。危ないと思うのは値上がりによって稼げるのでは、というキャピタルゲインに対する期待です」。

NFTは投機心で所持するのではなく、あくまでも、持っていることで何かを証明し、それによって時には見返りが得られるような証として活用していくことが望ましいという。

web3は「持ち寄り経済」に貢献するか

國領氏は、著書『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』の中で、従来の経済の仕組みを超えた新しい経済の形として、「持ち寄り経済」という概念を提唱している。「持ち寄り経済」とは、個人や企業が持つさまざまな資源や知識を共有することで、より多様な価値を生み出すことができるという考え方だ。

デジタル技術が発達したことで「情報」が大きな価値を持つようになったが、情報は従来の物体と違い、より多くの人で共有することで大きな価値を生み出す。そのため、今後のビジネスにおいては所有権ではなく、アクセス権を売買するようなモデルが今後主流になっていくべきだという。

このような「持ち寄り経済」は、従来の経済の仕組みに比べて、より公平で持続可能な経済の形態となりえる。また、個人や企業が持つ資源や知識を共有することで、より創造性やイノベーションが促進され、新たな価値を生み出すことができる。その「持ち寄り経済」には、NFTやブロックチェーンなどのweb3技術が貢献していく可能性があるという。

「例えば地域経済の中で、自分の持つ資源や情報を持ち寄ったことに対する貢献の証がNFTに変わる。それは金銭に変わるかもしれないし変わらないかもしれない。NFTを持っていることで地域の中でリスペクトされて、それによって優遇してもらえるような見返りがあったりする。自分の持っているものを個人で抱え込むのではなく、社会に開放していくような潤滑油として、NFTなどのトークンには期待できると思っています」。

web3がデータ共有の第3のモデルになる

「持ち寄り経済」の実現のためには、データの流通の仕組みから考え直す必要があるという。 「現状、データモデルとして、GAFAモデル(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルの4社に集まる膨大なデータが集まっている状態)、中国共産党モデル(国家が国民のデータを管理する状態)の二つの選択肢しかないように見える状況でしたが、web3はどちらでもない第3の形になり得ると思っています」と國領氏。

web3の技術によって、各自がコントロール権を持ちながら、インセンティブに応じて個人が情報を持ち寄るということが可能になる。行政が集めたデータも個人が取り寄せた上で開放することが可能であり、比較的安全性や利便性が高い形だ。

中小企業などがローカルで持っている情報とGAFAに集積された膨大な情報が結びつくことで、より価値ある情報を提供できる可能性もある。その場合はデータが分散していても、ユーザーがつなげたいと思えばつなげられるという形が理想で、その要素技術がweb3にはあるという。研究会が報告書でも取り上げているDIDだ。

DIDとは、中央集権的なID発行者に依存することなく、人や組織が相互に、透明性と安全性を維持しながらネットワーク上のやり取りをすることができるデジタルIDのこと。自分が自分であることや経歴など自分に関する情報を証明し、どのような情報を相手に提供するかを自分自身でコントロールすることができる仕組みになっている。

DIDを活用し前橋をデジタル田園都市に

DIDを利用し群馬県前橋市をデジタル田園都市にしようという動きがある。國領氏は、2022年10月に設立された「めぶくグラウンド株式会社」という法人に参画しており、データのガバナンスを担当する。同社は前橋市と市内を拠点とする8事業者が出資する「官民共創会社」。前橋市が独自に開発するデジタル個人認証「めぶくID」とデータ連携基盤を運用し、さまざまな公益・準公共・民間サービスに向けて提供していく。

(出所:めぶくグラウンド)

(出所:めぶくグラウンド)

めぶくIDとは、前橋市が「まえばしID」の名称で開発してきたデジタル個人認証の仕組み。マイナンバーカードをトラストアンカー(電子的な認証を行う際の基点)に用い、スマートフォンと顔認証を活用して本人認証を行う。また、本人に関するデータの利用について、サービス事業者を選択・限定して使用許諾できる自己主権管理機能を備える。

同社は、めぶくIDを活用して、自分に関するデータを本人の同意に基づきサービス事業者に使用許諾(オプトイン)することで、暮らし全般にわたって個別最適化したサービスの実現を目指す。

web3のビジネスは、どのような価値を生み出すか

めぶくグラウンドのビジネスは、web3の技術、DIDを活用したより安全な認証によってデータ連携を可能にし、組織間のコラボレーションを促進するという価値を提供している。

新しいビジネスの形として、現在web3の活用に大きな注目が集まっている。前述のめぶくグラウンドのように安全なデータのやり取りを可能にしたり、NFTによって顧客に新しい価値を提供したりとその活用方法は多岐に渡る。ただ、そのような場面では「web3は儲かるのか」といったことが話題になることがある。

國領氏は、「儲けていいけど泡銭には気をつける」ことが大事だと強調する。これからweb3のビジネスに参入しようとしている企業は、投機目的のような短期的な目で見るのではなく、長期的な目で生み出す価値がどういうもので、世の中に何を提供しようとしているのかというビジョンをしっかり持つことが不可欠だという。

國領氏が提唱する「持ち寄り経済」においては、多様な企業による「共創」がカギになる。一社で儲けようとするのではなく、情報や技術を持ち寄って新たな価値を生み出すことで、社会へ貢献するweb3のビジネスが可能になるだろう。

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